園長のひとりごと

あこがれ♪
2019-10-05
イテテテテ、子どもたちの眼差しが今日も痛いです。「せんせ~何してるん?」「せんせ~重い~?」「せんせ~次は~?」「もう終わりなん?」。室内、園庭に関わらず少し目新しい作業をしていると、   どこからともなく、子どもたちが集まってきて、「せんせ~せんせ~」の大合唱が始まります。そして「○○してるんよ」・・・「なんで~」・・・「〇〇だから」・・・「ふ~ん」というやり取り中も、子どもたちの視線は、作業している手元に釘付けです。その作業といっても、木を切ったり、杭を打ったり、ネジの開け閉めといった、何気ないものですが、子どもたちにとっては、初めてみる道具、使い方、そして結果にとても関心を持ち、「せんせ~すご~い」と喜んでくれます。その後は「やらせて~」「したい~」・・・「危ないからダメ~」「もう少し大きくなってからね」という御想像通りの展開で、だいたいその場は閉めとなります。でもこれ、実は大きなチャンスを逃しています。子どもたちの「何してるん?」は、強い憧れの現れです。さすがにノコギリやハンマーを持たせて「やってみる?」とはいきませんが、もしそれが経験出来ることであれば、憧れが原動力となる最初の一歩は、とても力強く、有意義なものとなります。普段大人のアドバイスにあまり耳を傾けない子どもたちも、この時は違います。「どうやってやるん?」「どうするん?」と、上手くやりたいの一心で、そのことに取り組みます。そして「出来た~」の感動も束の間、「もう一回する~」とせがみます。この繰り返しが楽しく、そこに喜びも学びもある、これが子どもたちの成長です。子どもたちに、しっかりと憧れさせてあげて下さい。そして子どもたちに憧れられることを楽しんでください。子どもたちにとって、お父さんお母さんは、憧れの存在、学びの道標なのです。しかし一方で、子どもたちが犠牲となる保護者からの暴力事件が後を絶たちません。とても悲しく、悔しいことです。子どもたちは、どんな状況でも、純粋にお父さんお母さんを愛し、その行動に憧れています。しかし暴力という行為だけは、まったくの別物です。この行為に憧れは存在しません。無論、学びも成長もありません。あるのは深い悲しみ、大きな絶望、そして憧れではなく幻滅です。大人として、親として、子どもたちに憧れをもってもらうか、幻滅させるか、考える余地はないと思います。子どもたちに、しっかりと憧れさせてあげて下さい。そして子どもたちに憧れられることを楽しんでください。「憧れ」あらためて聞くと、なんだか心地よい響きだと思いませんか。
 
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こわれたー!?
2019-09-11
 「ねーねーこわれたー」。子どもたちからよく聞くフレーズです。大人心に「壊れた~じゃなくて、 壊した~でしょ!」と声には出さずの反論は、みなさま経験されていることと思います。子どもたちは、本当によく物を壊します。決して、叩いたり、投げたりという乱暴な行為をしているわけではありませんが、不思議と子どもたちの手にかかると物はよく壊れます。我々が「もう壊れるから触らないでー!」と言っても、子どもたちは、何かに取り憑かれたように、指先に力を込めます。曲げてはいけない方向に「ボキッ」、引っ張ってはいけない方向に「スポッ」「ビリ」。そしてお決まりのセリフ「ねーねーこわれたー」が大人の耳に刺さります。怒る気持ちを抑えて抑えて、仕方ない仕方ないと自分に言い聞かせながら、少しだけ「それは壊れたんじゃありません!壊したんです!」と言い返します。なぜ子どもたちは、いろんなものを壊すのでしょうか?そもそも、子どもたちは、物が壊れるという概念をもっているのでしょうか?確かによくよく考えても、生まれて数年間、保育園で物を壊すとか、破る、折る等の行為をあえて経験させることはありません。家庭でも「はーい。これを壊して~♪」とか「これを破って~折って~♪」という会話はあまり聞きません。子どもたち、実は「壊れる」を知らないのです。なので、実際に壊して経験しているのです。なんでも壊して経験しなさ~い♪という訳にはいきませんが、子どもの頃の経験に乏しく、大人になって壊すものは、とても大きく取り返しのつかないものもあると思います。「壊す」とは、「小さいものを小さい時に」が、案外、健全な成長過程なのではないでしょうか。でもでも「今日はうちの子、何を壊して成長するのかな~楽しみ楽しみ♪」なんてことはあり得ません。「バキッ」「ベキッ」と音がして、「プチッ」と堪忍袋の緒が切れる音がしないように、大切なものはしっかりとしまって置きましょうね。(子どもたちは、壊していいものに興味はありません。壊してはまずい本物を狙ってきますので、要注意です。笑笑)
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言葉その2
2019-07-06
 言葉は、時が来れば自然に出るものではありません。言葉は「憶えて披露する」ものなのです。子どもたちは、日々、様々な言葉を憶えています。そして、それを披露する場所を求めています。大人は、この状況で何をすれば良いのでしょうか?それは、披露できる環境をつくってあげることです。子どもたちは、大人と違い、言葉を発することに、多くのエネルギーと、集中力を必要とします。言い換えれば、お話しするときは、お話しに集中できる環境が必要になります。何か別のことをしながら、又は、何か気になるものを見ながらでは、話すことにエネルギーを集中できないので、言葉は口から出て来ません。可愛らしい声、言葉は、もうすぐそこまで出て来ています。テレビを消し、スマホを置いて、懸命に話そうとする子どもたちの言葉に、笑顔で耳を傾けてあげてください。
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言葉その1
2019-07-06
 生後1年前後で、子どもたちの口からは、言葉が出始めます。お母さんお父さんが感動する瞬間です。その後も成長とともに様々な言葉を聞かせてくれるようになります。時には、「も~静かにして」と思うこともありますが、その姿、成長に、我々大人は、少し安心します。しかし、この言葉の発達、成長を自然的なものと認識してはいけません。子どもたちは、生まれた直後から聞くことに集中し、言葉を憶えていきます。そして身体機能の発達を待って、憶えてきた言葉を発するようになります。「憶えた言葉を発声する、憶えてない言葉は発声できない」至極当然のことですが、この第一段階を理解しないで、言葉を成長とともに自然に出てくるものだと考えてはいけません。大人のスピーチ同様、「憶えて披露する」は、生まれたときから始まっているのです。

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「賢く育てる」
2019-05-14
 いつの時代も、我が子を賢く育てたいと願う親の気持ちは不変です。書店では「子どもを賢く育てる方法」等の書籍が、彩り豊かに本棚を賑やかしています。子どもを賢く育てたい、それも0才の時から、賢くなってほしいと願う親の目的はどこにあるのでしょうか?早くお喋りしてほしい、ひらがなを覚えてほしい、そして書けるようになってほしい。思いは様々、願いも様々、後から後から出てきます。小学校へ入学すると当然、子どもの成績が気になります。国語、算数、理科、社会、そして英語に道徳、記憶力、理解力、想像力、あれもこれも「賢くなぁれ」と心のなかで念じつつ、今日も宿題のお手伝いに精を出します。そして受験、進学、受験、進学。親の!?願いが叶い某有名大学入学試験に見事合格しました(涙涙)。「おめでとう!努力?実力?いやいや親のおかげでしょ!何はともあれ、うちの子、賢く育ちました。大学を卒業したら一流の会社に就職して、不自由のないGOOD LIFEを♪子育て完結、お疲れ様でした。老後をよろしく」これが賢くなってほしいと願われ、生まれた時から惜しみない援助で育てられてきた子どもたちの最終目的地なのでしょうか?いいえ!賢く育つとは、覚える力、成績をとる力が育ったことではありません。賢く育つとは、「平和」を知って育ったということです。人間はお互いに助け合う互助関係が必要不可欠です。一人の人間としてすぐ隣をみて下さい。みんな誰かに助けられています。私たちは決して一人では生きて行けない存在なのです。しかし人は争います。過去を振り返っても我々は大小様々な争いを繰り返して来ました。現在も資源の為、領土の為、そして信仰の為、各地で争いが頻繁に起こっています。人は一人では生きられない、でも憎しみ、妬み、争いが無くなることはありません。「賢く育てる」とは、争うという不合理な行為、その矛盾を説き、争いのない世界の実現に様々な形で、貢献できる志を子どもたちに芽生えさせるということです。安心できる生活、愛されていることへの自覚、認められ、信頼されることからの自信、これらを土台に、感謝できる心、謙虚な心、敬う心を育てていく。これが教育であり、子どもたちを本当の最終目的地へ導く、大人の使命なのです。子どもの成績が欲しい!GOOD LIFEをさせてあげたい!親として至極当然の願いです。しかしそれらは過程です。賢さのゴールは平和にあります。子どもたちは無限の可能性を持っています。生まれた時から、あれもこれも「賢くなぁれ」と念じると共に、平和、幸せを祈れば、賢く、そして平和、幸せを知る子どもが育ちます。家庭は世界の縮図です。家族の平和、子どもの幸せは、必ず世界の平和、人々の幸せに繋がっていきます。戦争のない世界の実現は、我々の家庭から始まっていくのです。是非、子どもたちを「賢く」育てて頂きたいと思います。未来のために、平和のために。
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